ソビエトのミサイル万能主義

-戦闘機戦術-


第六八回「ソビエトのミサイル万能主義 ― 戦闘機」を要約すると、
ミサイル万能主義を突っ走った米国のミサイル戦闘機に対し、よく言われる「ソビエト製の格闘戦に優れた小型戦闘機」等というものは存在しない。ソビエトも米国と同じく大量報復戦略に基づいたミサイル戦闘を想定した戦闘機を開発、装備し続けていた。と言う事です。今回はその続編でソビエト戦闘機戦術について書いてみたいと思います。

ソ連製戦闘機も米国と同様に大量報復戦略思想の元設計された戦闘機なのですから、その運用についても対戦闘機戦術は軽視されていました。
Tu-128フィドラーのような巨大戦闘機から格闘戦闘機と誤解されがちなMiG-21まで、主要な任務はソビエト連邦の領空を侵犯し核爆弾を投下せんとするB-36,B-47,B-52等にミサイルを発射し撃墜する(追い払う)事に有ります。分かりやすく言ってしまえば、多段ミサイルの一段目ブースター役に徹する事がパイロットに課せられていました。ソビエト製戦闘機を運用しソビエト軍事顧問団を受け入れる国々についても、若干の相違は有れど基本は代わりませんでした。

例えば北ベトナム。北側が取った戦術は爆弾搭載攻撃機に対して接近し一撃を加え離脱に徹し、「米戦闘機に対しての格闘戦闘は禁止」されていました。同国は軍事顧問団を受け入れるだけではなくソビエトへパイロットを派遣しソビエト流の戦闘機戦術を学ばせ、そして実戦へ投入していました。
米側にローリングサンダー作戦と呼ばれていた60年代の戦いは、基本的に北ベトナムの方針は「戦闘機との交戦は原則禁止」です。核かTNTかの差異はあれど、爆弾を搭載した爆撃機・攻撃機のみを相手に戦い、戦闘機との積極的な交戦は避けていました。
参考
ボウロウ作戦 その1 −フィッシュベッドを釣れ!−
ボウロウ作戦 その2 −戦術的大勝利−
北ベトナム、アメリカ両者とも対戦闘機戦闘を軽視していたため、北ベトナムは世界最強の空軍を持つアメリカに1:2(撃墜:被撃墜)と肉薄した結果をもたらし、未だ2倍の開きはあれどアメリカ軍にかつてない苦戦”を強いました。


ベトナム戦争とほぼ同時期、中東でもソビエト式戦闘機と西側戦闘機が交戦するもう一つの大規模な航空戦がありました。イスラエルとアラブ諸国連合(主力はエジプト)が戦った第三次中東戦争、通称六日間戦争です。
しかし、中東の空はベトナムのそれとは大きく違っていました。
イスラエルは主力戦闘機がミラージュIIICとシュペルミステール、ミステールIVで、およそ140機(その他作戦機を含めると倍)。ミサイル戦闘(マトラR530及びシャフリル)は勿論ながら、ミサイル万能主義に陥る事無く対戦闘機訓練を欠く事無く行い、機関砲の訓練も重視した高い先見性を持ったイスラエル空軍は、パイロットへ平均年間200飛行時間を課し技量は間違い無く世界一でした。
一方、アラブ諸国連合の盟主たるエジプト空軍は北ベトナムと同様、MiG-21を180機、MiG-19が80機、MiG-17及びMiG-15が170機と多数のソビエト製戦闘機を装備し、ソビエト式の戦術を導入し多数のソビエト軍事顧問団を受け入れ訓練にあたり、またソビエトにも延べ数百人ものパイロットを派遣していました。
実戦経験を持ったパイロットも多かったものの地上誘導により接近>ミサイル発射>離脱の多段ミサイルの一段目ブースター役のソビエト式ミサイル万能主義戦術に取り憑かれていたのです。エジプトの次に多数の航空戦力を投入したシリアも同様でした。
結果、アラブ諸国連合が撃墜したイスラエル軍機は11機であったのに対し、イスラエルが撃墜したアラブ連合機は58機にも達しました。アラブ連合のキルレシオは1:5.2(撃墜:被撃墜)という惨敗であり、対戦闘機訓練や機関砲を重視した戦術にミサイル万能主義が敗北しました。 (※注1)

戦闘機の性能はほぼ互角であったものの大量報復戦略に基づいたミサイル万能主義同士が戦ったベトナムと、一方が対戦闘機戦闘を重視した中東の戦場で空中戦能力に大きな差が生まれてしまいました。1970〜73年頃のベトナムではアメリカ軍の対戦闘機戦術の見直しにより、最終的に1:5と北ベトナムはアメリカに六日間戦争とほぼ同等のキルレシオを叩きつけられる事となります。
さらに、73年第四次中東戦争ではエジプト・シリアの連合はイスラエル空軍に最早太刀打ちする事は出来ず、そのキルレシオは1:20という文字通り手も足も出ない結果に終わりました。さらに1981年レバノン紛争におけるシリアとイスラエル空中戦は、イスラエルがE-2早期警戒機やF-15,F-16というような強力な戦闘機を導入した事もあり、キルレシオ1:95と途方もない数字になります。


冷戦中、ソビエト自体が大規模な航空戦を実施したのは戦闘機を保有していないアフガニスタンに対してだけでありますので、ベトナムと中東の代理戦争の例を挙げましたが、結局ソビエトのミサイル万能主義もアメリカと同様に敗北として歴史に刻まれました。
実際70年代は米ソが戦争になれば核兵器の応酬になり、戦争の主役は戦略爆撃機であるという大量報復戦略の考えが常識であったのですから、ソビエトはアラスカ、北極海、シベリアを飛来するアメリカの戦略爆撃機が主要な目標であったのであり、その戦術を殆どそのまま北ベトナムやエジプト、シリアは導入したのですから通常戦力による戦争に適合するはずがありませんでした。シベリア上空で戦闘機同士が交戦するなど有り得ません。

アメリカは対戦闘機戦闘の重要性を認識しミサイル万能主義から脱却して行く事になりますが、ソビエトは崩壊まで殆ど変わることが有りませんでした。
ソビエトというお国柄は兵士に駒になることを求めます。駒に考える力は必要としません。

「前進あるのみ!後退する奴には機関銃を浴びせろ!」
「銃は二人で一つだ。前の奴が倒れたら銃を拾って撃ち続けろ!」
「部隊には政治将校が常駐し、独自の判断を取ろう物なら反逆罪で銃殺!」

米に亡命を求めるためMiG-25に乗り函館に強行着陸したベレンコ中尉は、大韓航空機撃墜事件の際、北海道新聞のインタビューにこのように発言しました。

領空を侵犯すれば、民間機であろうと撃墜するのがソ連のやり方だ。ソ連の迎撃機は、最初から目標を撃墜するつもりで発進している。地上の防空指令センターは、目標が民間機かどうか分からないまま、侵入機を迎撃できなかった責任を問われるのを恐れ、パイロットにミサイルの発射を指示した
1997年8月の北海道新聞 Wikipediaより孫引き

レーダーサイトにはレーダーサイトの決められた役割を求められ、戦闘機には戦闘機の決められた役割を求められ、パイロットは完全な型にはまった駒に過ぎず、そこには状況に応じて個人の判断を加える余地はありませんでした。
個人の判断を行えば良くてシベリア送り、最悪銃殺です。(これをシベリアンコントロールといいます(嘘))

格闘戦闘能力も高い、高性能ミサイル戦闘機であるSu-27やMiG-29が空軍に実働体制についた時は既に80年代の後半であり、ソビエトの崩壊まで数年しか残されていません。結局ソビエト連邦はミサイル万能主義から完全に脱却する事はできませんでした。
ロシア連邦共和国成立後は、戦闘機パイロットへの訓練は燃料不足から平均年間8〜20時間程度にまで減らされました、2006年現在、好況に湧くロシアは空軍の状況も改善方向に向かいつつあります(皮肉にも空軍に石油をまわさずに輸出している)。しかしミサイル万能世代から脱却したかと思われた直後から世界水準から取り残されてしまったロシア。15年を取り戻すのは容易では無いでしょう。

共産国の指導層は軍人や市民が考える事を嫌います。
それは体制の矛盾を暴き出し革命に繋がってしまうからです。インターネットすら検閲する今の中国が良い例でしょう。
例え中国が最新鋭のJ-13を始め、最新鋭機を多数配備したとは言っても21世紀に入っても主力は2000機ものMiG-19だったのです。現代は真のミサイル万能の時代になりつつありますが、いきなり中射程戦闘が可能な戦闘機を導入しても有効な戦術を確立できるでしょうか?
兵器とは最新鋭であってもただ配備するだけではクズです。それを運用しなければなりません。考える事を嫌う共産党の軍隊のパイロットが、いかに年間150時間訓練を受けていたとしても劣った戦術では何の意味も持ちません。
空中戦では戦闘機の性能が高くてもそれを発揮できなくては意味が無いのです。持ち得る性能を完全に発揮できる戦術が肝要です。

なお、文中でさかんに使った「対戦闘機」とは必ずしも両者が存在に気がつきドッグファイトする事を指すものではありません。
戦闘の殆どは相手に気が付かれることなく後方を取り、先手を加えた方が勝利している事を忘れないでください。ドッグファイトや機銃は勿論、状況認識も含めた「対戦闘機」だと考えてください。
参考 第五一回:戦闘機とドッグファイト


※注1
6日間戦争は450機のアラブ諸国機が破壊されましたが、うち400機は地上撃破によるものです。また、そのうち殆どを初日のイスラエルの奇襲攻撃が占めています。開戦30分でエジプト空軍は半壊しました。