飛龍型 航空母艦



飛龍(ひりゅう)型空母「飛龍」は旧日本海軍の2計画の中で、ワシントン軍縮条約にて定められた空母の総排水量81,000t、さらにロンドン軍縮条約で排水量10,000t以下の空母も制限されることになったため、余っている20,100t(「鳳翔」は試作艦とされ代艦建造が可能とされた)を使い切る目的で「蒼龍」とともに計画され、蒼龍に次いで日本で初めから正規空母として建造された2番目の艦である。

しかし1934年3月12日に発生した友鶴事件及び1935年9月26日に発生した第四艦隊事件によって着工が延期され、結果的に「蒼龍」竣工直前に進水しての艤装工事となった。この遅延によって「飛龍」竣工は条約失効後となることがほぼ確実となったため、「蒼龍」からさらに改設計がされ、排水量も大幅に増大している。特に艦橋構造物を左舷に移したのは大きな違いだが、運用上は準姉妹艦とされた。

外見上の「蒼龍」との大きな違いは、前述の艦橋構造物が左舷にあることと、上甲板(飛行甲板の下にある船体の甲板)が一層分高くなっていることである。その他細かい点として飛行甲板幅の1m延長、艦幅の拡大・機関出力増強・対空機銃増加・船体強度向上などが施されていてやや実験艦的な性格の設計がなされている。搭載機数は73機(補用含む)で、蒼龍よりも5機増えた。

艦橋構造物が左舷に置かれたのは、船体が左右均等となって建造の際に有利、士官室から艦橋への交通が便利になる、格納庫の形状が良好となるといった理由が考えられているが、右舷に艦橋構造物と煙突を集中配置した場合に比べて後方気流が乱れ着艦に不利とされ、また発艦時も「突っ込みそうだ」とパイロットから不評だったため「赤城」と「飛龍」が左舷に置かれただけでその後はまた元の右舷に戻された。

「飛龍」は「蒼龍」とともに山口多聞少将率いる第二航空戦隊に配備され、太平洋戦争開戦に際して「赤城」「加賀」「蒼龍」「翔鶴」「瑞鶴」らとともに真珠湾攻撃に参加した。帰還途中にウェーク島攻撃隊への支援も行っている。
その後も「赤城」ら第一航空戦隊と、第二航空戦隊は南雲中将の指揮下インド洋作戦などに参加、戦果を残している。
1942年6月5日ミッドウェー海戦において「赤城」「加賀」「蒼龍」が米艦爆部隊の攻撃を受けて大破ないし沈没する中で、上空に雲があったために急降下爆撃は受けず難を逃れた。
その後ただ1艦で米機動部隊への反撃を敢行し、「ヨークタウン」を大破させることに成功したが、その後襲来した米航空部隊によって大破し翌日味方の駆逐艦によって自沈処分となった。

生存者によれば、現地時間6月4日17時4分に対空戦闘ラッパが鳴り、すぐに爆弾が命中したと思しき衝撃があり、格納庫内は火災が激しく誘爆によって艦が裂けるかのような振動があったとのことである。動力線が分断されたことで消化ポンプが作動せずに消火の望みは絶望的な状況になり午後23時には艦が停止した。翌日午前2時半に総員集合令がかかり全員が甲板に集合、甲板は半分が焼け落ち前部エレベーターは吹き飛んで艦橋の前に壁にように立っていたらしい。
2時50分に加来止夫艦長、山口多聞長官から訓示があるとともに総員退艦命令が出され、加来艦長・山口長官を除く全員が退艦、二人は艦と運命をともにしたと言う。
なお2人の訓示は以下のようなものだったとされる。

加来艦長

「再度の襲撃にも武運を長らえて、ただ1艦孤軍奮闘し、その戦果は極めて大なるものがある。今は武運拙く敵襲により被弾したが、小官の不徳の致すところ、これもまた天命であると思う。生き残った君たちは内地に帰り、日本海軍を再建し、願わくば今日の雪辱を果たして貰いたい。陛下の御船を沈めた責任は私が取る。皆の武運長久を祈る。総員退艦。予は艦と運命を共にする名誉を有す。他はすべて許さず。退去せよ。はやく行け。」

山口長官

「我等皇国に生まれ、たまたまあいがたき会心の一戦に、いささか本分を尽くし得たるを喜ぶ。いざ宮城を遥拝して、陛下の万歳を唱えまつらん。」


ミッドウェイ海戦での果敢な飛龍の反撃は、敵である米海軍からも賞賛されている。

本型は小型過ぎるのが災いし航空燃料が運用構想から算出された基準より167tも少なく、この増設の余地も無いとされた。新鋭ながら竣工した当時から運用構想に耐えられないというのも事実であった。
しかしながらそのような欠点を含めても、総合的にはバランスが取れており、このクラスの中型空母としては傑作であった。また後に改良型である「雲龍型」が建造された。

性能諸元

艦名 飛龍
全長 227.35m
全幅 22.32m
喫水 7.74m
飛行甲板全長 216.9m
飛行甲板全幅 27m
基準排水量 17,300t
公試排水量 20,165t
機関1 ロ号艦本式缶8基
機関2 艦本式GT4基4軸
出力 153,000HP
最大速度 34.59kn
航続距離 7670NM/18kn
兵装1 八九式12.7cm40口径連装高角砲6基
兵装2 九六式25mm連装機銃5基・同3連装7基
搭載機数 艦上機73機(補用含む)
エレベーター 2基
乗員 1101名
造船所 横須賀海軍工廠
起工 1936年7月8日
進水 1937年11月16日
竣工 1939年7月5日

同型艦

●飛龍

1番艦。姉妹艦は無し。

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