「No!AWACS浜松」攻防戦 全戦闘記録


1. 我が方の攻撃
2. No!AWACSの反撃
3. 我が方の攻撃
4. No!AWACSの反撃
5. 我が方の攻撃
6. No!AWACSの反撃
7. 我が方の攻撃


1. 我が方の攻撃


はじめまして、藤崎というものです。
NoAWACSさんのホームページを読ませていただきました。

下のURLにあるページでNoAWACSさんの存在を知りリンクしてやってきたのですが、 どうしても分からない部分があります。
http://www1.seaple.icc.ne.jp/seki/crm/noawacs3.html


NoAWACSさんの主張によれば、自衛隊、軍隊はないほうが平和だ、ということです。 しかし、本当に軍隊をなくすことが国家国民の利益につながるのでしょうか?

人間は誰でもそこそこに善良であり、そしてそこそこに悪辣であると考えます。
すなわち、温和な人もいれば、暴力的な人もいるということです。
話し合いで平和的に解決すればそれに越したことはありませんが、それでも 時として犯罪者は生まれます。
自分たちに危害を加える相手に直面したとき、人は自分や家族などを守るために 防衛行動をするでしょう。  
また、警察は、広く一般に抑止と処罰をおこなうことになります。

同様に、どの国家もそこそこに善良であり、また悪辣であると考えます。
常に話し合いで解決しようとどの国も外交努力をします。
しかし、時として周辺国の非難にもかかわらず軍拡をつづけ、 そして攻撃を企てる危険な国家が出現することもあります。
その場合、脅威に直面した国家はどうすべきでしょうか。
当然、自国民の生命財産を守るため、軍隊を整備し、いざ有事の際には 武力攻撃から国家国民を防衛せねばなりません。

有史以来、人類の歴史は戦争の歴史でもありました。
悲しいことですが、常に地球上のどこかで血を流す争いが続いています。
しかし、これは軍隊が存在するから起こっているのではなく、 むしろ軍隊の存在は平和を維持しているといえるでしょう。
すなわち、日本が自衛隊を保有することで、北朝鮮や中国など仮想敵国の 日本攻撃を抑止しているということです。

犯罪と同様、戦争をなくすのは非常に難しいことでありますが、 少なくとも自国が軍隊をなくせば戦争がなくなるというのは誤りであり、 むしろ仮想敵国の侵略を助長するものであると考えます。


以上、若干20歳の大学生(法学部)の意見ですが、回答がいただけるとうれしいで す。




2. No!AWACSの反撃


はじめまして。
以前伊吹さんという方からメールをいただき、多分その方のHPで見られたと思うので すが。
彼からは彼自身の世界のなかでこちらの意見を攻撃し、また彼自身の世界観からyes かnoで私たちの答えを出せという意見をいただいたので、そういう考え方には賛同で きないし、世界観や社会問題について話し合うという前提にも立てないという返事を 書きました。決して藤崎さんを同じだといっているのでは、ありません。ただそうで はなく私たちの意見を私たちのホームページで読んでいただいた意見としてであれ ば、ありがたいことだと思っています。

ご意見に対する私の意見です。というのは、私たちは戦争に反対し、歴史のなかで残 念ながら浜松というところが、派兵の拠点になってしまったということを反省し、今 後二度とそうした街にならないようにという願いを持った市民のあつまりです。誰に 聞いてもこのことは一致していると思います。が、全ての考え方が全部同じ、たとえ ば政党のような団体とはちがいますので、私の意見ということになります。そこはご 了解ください。

まず、軍隊はないほうが平和だという主張についていえば、軍隊はあるよりないほう が平和だと思っています。直接的な言い方をすれば軍事力・武力で他の国を押さえつ ける事で得られるものはその国に住む人々の悲しみや憎しみです。けっしてよろこび はうまれないと考えています。国家の利益という点でいえば、もしかすると他の国家 を押さえつける事で自国の利益を得ることができることもあるかもしれません。が、 国家利益よりもその国にすむ人々の利益を考えた時、また他の国の人々の利益を考え た時、他の国より高い経済力を個々がもつために他国を武力・軍事力・暴力で破壊し たり抑圧したりするのではなく、「共に生きる」という視点からみれば、それは軍事 力ではなくどこまでいっても、平和的な話し合いでしょう。一国の利益のために国民 にそのしわよせが来るのは、戦争だけではなく、さまざまな社会制度があります。国 家のための利益とそこに暮らす人々の利益は必ずしも一致するものではないのではな いでしょうか。

私たちは日本にだけ軍事力がなくなればいいということをいっていません。現状では ほとんどの国が軍隊をもっています。まずはその軍事力を使わないで問題を解決する 基準や制度をグローバルな視点で成立させる事が大切だと思います。とすれば、それ は圧倒的な軍事力を持った国がヘゲモニーをもって成立させることではなりたちませ ん。全ての国が時間をかけて、軍事力を凍結したところで話し合いがもたれるべきこ とだと思います。軍事力による抑圧政治はあなたのいうとおり、残念ながら歴史の上 で数々ありました。ただ、それを凍結させて話し合いをするという試みは一度もなさ れたことがありません。あなたのいうとおり、時として周辺国の批難にもかかわらず 軍拡をつづけ、攻撃を企てる危険な国家が出現することはあります。実際今イラクで 行なわれている米・英の侵略・占領の行為はヨーロッパなどの幾つかの国からの批難 をうけながら、それを行なっています。しかし、ヨーロッパの今回の戦争に反対して いる国々も軍隊はもっています。それもかなり大きな力の軍事力だと思います。つま り、軍事力そのものは紛争に対してなんの抑止力にもならないということです。この 状態ではあなたのいう脅威に直面する国家は必ず生まれてしまうのです。逆にいえ ば、軍事力は軍事力による紛争を繰り返す可能性が非常に高いということです。
私たちは日本が軍隊を(自衛隊を)なくせば、戦争がなくなるのだという主張をして いるのではないのです。全ての国から軍事力がなくならなければ、平和はこないと 思っています。

私たちは日本にすみ、日本の歴史の反省の上にたち、また浜松という地で生活し浜松 という地域の歴史的な反省のうえに立ち、浜松から戦争をなくすための努力をしてい く必要があるということを訴えています。

軍事力を使わずに時間をかけて平和的な話し合いで解決することができれば、そこに は人を殺す、あるいは殺されるという関係はなくなります。とすれば軍事力は必要な いわけです。

もうひとつ、個々の人間関係の上でどうかということがあると思います。
藤崎さんの例でいうと、自分たちに危害を加える相手に直面したときどうするかとい うことです。極端な例でいうと、自分の家族や、自分に対して刃物や銃などで向って きた相手に話し合いを要求して解決できるのかということでしょうか。
これも極端な例ですが、とりあえずそうしたいと思います。
しかし、危害を加えようとする人にはその人への周りの人や社会からの多くの物質 的、精神的な危害があってそのような行動に走るということが多々あるわけですか ら、もしかするとそう簡単に話し合いでというわけには行かないと思います。しか し、その場で自分が刃物や銃を所持しているわけでもありませんから、とりあえず出 来るだけ安全な場まで逃げるということになるでしょう。選択としてはです。それは 防衛行動です。残念ながら、それで命をなくすということは現実にはあることです。 では、みんな防衛のためにそれぞれ武器をもって生活しようということになれば、そ れぞれがそうした犯罪を容認することにもなりかねません。また、警察が一般に抑止 と処罰をおこなうとは考えていません。警察は現状では取り締まりを行なうのではな いでしょうか。処罰に関しては基本的には裁判だと思うのですが、それは法学部のあ なたの方が詳しいと思いますが。現実はこういうような関係ではないですか。それを 国家間の紛争にあてはめようとしたら無理はあると思いますが、実際には圧倒的な軍 事力に対抗するのは圧倒的な軍事力を持つということになり、それはいつまでたって もどうどうめぐりです。その点でも紛争への抑止力にはなりえません。

軍事力でない平和的な話し合いで解決していく世界は夢物語だという人が、私たちに とっては残念なことですが、たしかに多くいます。しかし、先ほどもいいましたが、 それに挑戦してみたことはないのです。抑止力にならない軍事力ではない平和な社会 についてあらゆるところで想像力を働かせて、考えるようになるということが軍事力 にたよらない平和な社会をつくるということにつながっていくのだと思います。決し てそれは非現実的なことではないのです。まず軍事力は使わないということを日本だ けではなく、グローバルに制度化することができれば、それをすることで現実的に平 和的な話し合いの場をつくることは可能になるのですから。

回答というにはあまりにも稚拙かもしれませんが、藤崎さんの意見に対する私の意見 ということでお読みください。ありがとうございました。




3.我が方の攻撃


藤崎です。
お返事ありがとうございました。
しかし、あまり私の疑問の解決にはならなかった部分が多いので、改めて伺いたいと
おもいます。
一部引用させていただきました。


> 軍事力・武力で他の国を押さえつ
> ける事で得られるものはその国に住む人々の悲しみや憎しみです。
> けっしてよろこびはうまれないと考えています。
> 国家の利益という点でいえば、もしかすると他の国家
> を押さえつける事で自国の利益を得ることができることもあるかもしれません。
> が、国家利益よりもその国にすむ人々の利益を考えた時、また他の国の人々の利益 を
> 考えた時、他の国より高い経済力を個々がもつために他国を武力・軍事力・暴力で 破壊
> したり抑圧したりするのではなく、「共に生きる」という視点からみれば、それは 軍事
> 力ではなくどこまでいっても、平和的な話し合いでしょう。

まことにおっしゃる通り、戦闘で喜びは生まれないとおもいます。 このわがままな軍拡国家がたとえば日本であれば、解決は簡単です。 日本が相手国を圧倒するような軍拡を止めればよいだけです。
しかし、日本と敵対する他国が、その国民の利益を無視して 軍拡した場合に、その敵対国家にあなたの意見は聞き入れられるでしょうか?
「国家元首は必ず国民の利益を追求する」という思い込みは止めてください。
周辺諸国と「ともに生きる」など考えずに、自国のことしか考えない元首もいます。
北朝鮮が現に国民を犠牲にして軍拡しています。
中国も周辺諸国の反発にもかかわらず軍拡を続けています。

そして一番重要なのは、その一方的な軍拡によって抑圧された国はどうするか、 ということです。
現在、中国が台湾に対して、「中国の支配下に入らないなら武力侵攻も辞さず」 と脅迫まがいの行動をとっています。

台湾は中国の軍拡に反応しなければいいではないか、 という意見がでてきそうですが、民主国家の台湾からすると 中国の社会主義独裁体制に支配され富を奪われるのは屈辱以外の何者でも ありません。  果たしてその状況に台湾の人は耐えられるでしょうか?
韓国が北朝鮮に支配されてしまう状況に似ているかもしれません。
軍拡してでも支配されたくない、というのが現実でしょう。


> 現状ではほとんどの国が軍隊をもっています。
> まずはその軍事力を使わないで問題を解決する
> 基準や制度をグローバルな視点で成立させる事が大切だと思います

すでにそのような基準などは過去に何度も作られました。
問題は、その基準や制度を作ってもすべての国家が批准するとは限らず、 仮に批准したとしても忠実に履行するとは限らない点です。
いくら話し合っても一部の国は批准せず、軍事力を政治の手段として保持するでしょ う。
対人地雷禁止条約について、アメリカ、中国、ロシアなど軍事大国が批准せず、 結果として無意味なものになってしまったのは記憶に新しいところです。
パリ不戦条約など、画期的な不戦の誓いでしたが、 結果として何も意味を成さない代物になってしまいました。



> ヨーロッパの今回の戦争に反対している国々も軍隊はもっています。
> それもかなり大きな力の軍事力だと思います。つま > り、軍事力そのものは紛争に対してなんの抑止力にもならないということです。

この場合、抑止力として問題視すべきはイラク軍なのです。
ヨーロッパの軍隊がアメリカのイラク攻撃の抑止に関係ないのは当然です。
ヨーロッパ諸国にイラクを守る義理はないからです。
イラク軍に、アメリカと同等とはいわないまでも、アメリカに有効な反撃のできる 軍事力があれば、アメリカは攻撃を躊躇したでしょう。
これが抑止理論です。

もちろん、現在のアメリカは余りにも圧倒的な軍事力を持っているため、 アメリカに対して抑止で対抗しようというのは事実上不可能です。
アメリカの傍若無人な攻撃を支持するつもりはまったくありませんし、 アメリカの過剰な軍事力には私も反発します。
だから、その点でアメリカは確かに悪いのですが、 抑止理論そのものが破綻しているのではありません。


> 軍事力を使わずに時間をかけて平和的な話し合いで解決することができれば、 > そこには人を殺す、あるいは殺されるという関係はなくなります。
> とすれば軍事力は必要ないわけです。

あなたの言うとおり、平和的な解決ができれば殺し合いはなくなります。
私が問題にしているのは、平和的な解決が決裂して 相手が武力行使をしたらどう対処するのですか、ということです。

おとなしく相手の軍隊に支配され、抑圧と弾圧の恐怖政治 (北朝鮮を連想すれば分かりやすいですね)を日本国民は受け入れるのか、 さもなくば、スイスのように国民全員が武器をもって侵略軍に対してゲリラ戦闘を 展開し、ベトナム戦争のような日本本土決戦を行うかのどちらかでしょう。
私は、抑圧された奴隷になるくらいなら、自由と独立のための戦闘を選びます。


> 全ての国から軍事力がなくならなければ、平和はこないと思っています。

残念ながら、すべての軍事力をなくすのは不可能です。
軍事力のない状態で誰かが力を持ち始めると、他の人では
その力に抵抗できなくなり、結局はその力に他が支配されてしまいます。

また、現在日本は軍事力を保持していますが、平和を保っています。
軍事力が平和を創造するという理論の真偽はともかくとして、 軍事力があると平和でないというのは少なくとも間違っています。
今の日本が平和でないなどと主張しようものなら、
戦乱に苦しんでいる世界のたくさんの人からは恨まれるでしょう。


> 危害を加えようとする人にはその人への周りの人や社会からの多くの物質
> 的、精神的な危害があってそのような行動に走るということが多々あるわけですか
> ら、もしかするとそう簡単に話し合いでというわけには行かないと思います。

そのとおりです。
話し合いで解決できない場合、特に家族を連れていた場合には 家族を置いて逃げるわけにもいかないでしょう。 実力で自力救済をして対処するしかないと思います。

単に、ここで重視したいのは、抑止理論ではなく、 権利侵害に対して立ち向かう自力救済のことですので、 別に、犯罪に対処するため個人が武器を持てというのではありません。

後述しますが、 私人同士の争いでは、自力救済(正当防衛などによる反撃) に加えて「司法」という力が抑止をなしているのです。


> 警察が一般に抑止と処罰をおこなうとは考えていません。
> 警察は現状では取り締まりを行なうのではな
> いでしょうか。処罰に関しては基本的には裁判だと思うのですが

確かに、警察が直接処罰をするわけではありませんので この場合には「司法」と呼ぶほうが適切ですが、 「司法」が抑止力を持っているのは紛れもない事実です。
「法律」でやってはいけないことを明記し、違反した場合に警察などの「司法」が 処罰するというリスクの前提があってこそ治安は維持できるのです。
「法律」で窃盗を禁止するだけで「盗みをやってはいけないんだ!」と自覚して 盗みを行わない人もいるでしょうが、「盗みをしても罰則はないんだ!」 と開き直る人に対して「法律」だけでは何の効果もありません。
もちろん、ルールを作るだけで犯罪がなくなればそれに越したことはありませんが、 それが出来ないから、逮捕し処罰する「司法」が存在するのです。


国家同士の紛争と私人同士の紛争とで決定的に違うのは、 国家社会に「国際法」という国家間のルールはありますが、 「司法」のような中立の強制力がなく、権利(主権)の侵害に対しては 各国が自力救済するしかない点です。
国際社会には国家を超えた警察のような存在がありません。
もちろん、国際法に反する行為を行えば、国際社会からの経済制裁程度はある でしょうが、 相手領土に侵攻することで被る自国軍隊の被害と、経済制裁による損失に比べて、 それ以上の利益を得られると判断され、当該元首が好戦的な人物であったならば 確実に侵略戦争になります。
現在、戦争の起きていない地域というのは、「戦争によって得られる利益よりも 損失のほうが大きいからやめておこう」という判断が双方の国家にあるから、 たまたま戦争になっていないだけなのです。
そして、攻撃して利益が大きい判断されたとき、アメリカのイラク攻撃のような 事態が発生するのです。


疑問点に対する私の意見は以上です。

 藤崎





4. No!AWACS の反撃


ありがとうございます。
またまともな回答ではないと思われるかもしれませんが、藤崎さんの意見に対する回 答というより、私の意見という形でお読みいただければと思います。
++++
以下にたいして、
*******
以下を私の意見にしてみました。

疑問が生まれるとき、私はこうした意見をもち、生きてきたがそれはあなたの意見と は違うというところから生まれてくるでしょう。それは私も同じです。多分簡単に納 得いく意見を提起できているとはおもいません。だからこっちかあっちかのどちらか で決めようということにはなりません。時間的にもこの私のメールを読んで、すぐに 返事を書くということは不可能でしょうし、それを要求しません。また私にとっても 同じです。仕事をし、その後いろいろな場所で人と話をし帰って来てからになってし まいます。
なんでもっと早く返事をくれないのかという気持ちがもしおありでしたら、申しわけ ありませんがそれはできませんというしかありません。
ただ、会を代表しているわけではないことは前回お知らせしたとおりですので、特に 会議を持ってということはまったくありませんので、私の意見を述べさせていただき ます。
以下に書かせていただきました。


++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ +++++++++
まことにおっしゃる通り、戦闘で喜びは生まれないとおもいます。
このわがままな軍拡国家がたとえば日本であれば、解決は簡単です。
日本が相手国を圧倒するような軍拡を止めればよいだけです。

しかし、日本と敵対する他国が、その国民の利益を無視して
軍拡した場合に、その敵対国家にあなたの意見は聞き入れられるでしょうか?
「国家元首は必ず国民の利益を追求する」という思い込みは止めてください。
周辺諸国と「ともに生きる」など考えずに、自国のことしか考えない元首もいます。 北朝鮮が現に国民を犠牲にして軍拡しています。
中国も周辺諸国の反発にもかかわらず軍拡を続けています。

そして一番重要なのは、その一方的な軍拡によって抑圧された国はどうするか、 ということです。
現在、中国が台湾に対して、「中国の支配下に入らないなら武力侵攻も辞さず」 と脅迫まがいの行動をとっています。

台湾は中国の軍拡に反応しなければいいではないか、 という意見がでてきそうですが、民主国家の台湾からすると 中国の社会主義独裁体制に支配され富を奪われるのは屈辱以外の何者でも ありません。  果たしてその状況に台湾の人は耐えられるでしょうか?
韓国が北朝鮮に支配されてしまう状況に似ているかもしれません。
軍拡してでも支配されたくない、というのが現実でしょう。


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という意見をいただきました。ありがとうございます。
ただ答えに窮するのは、たしかにそういう声をマスコミ報道で聞きますが、それとは ちがった声もその地にすむ人からもマスコミなどを通じて聞くことがあります。どち らかというと国家を通じて聞く声よりも市民の声を聞きたいと思うのが私の気持ちで す。
で、市民の声が彼らの生活する国家を容認しているかといえば、まったくそうではあ りません。私たちは中国や北朝鮮=多分社会主義国といわれる国を擁護しているので はないかとおもわれているのかもしれませんが、まったくそのようには考えていませ ん。どういう体制であれ軍事で国家間のなりゆきを決めるということに反対している のです。
また中国にしても、台湾にしても自国の軍拡に反対している人はいるのです。国家を 支えている人たちの数で、国家や国家政治が動いているのだと思いますか?実際に日 本では過半数以上がイラクへ自衛隊を派遣する必要はないという世論調査が出ている 段階でイラクへの自衛隊派遣が決められたのはご存知でしょう。国家がプロパガンダ で流すものは決して国家を代表するものではないと考えています。韓国の人々の運動 をご存知ですか?軍拡に反対する運動は日本に比べて数倍の人数で行なわれていま す。

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すでにそのような基準などは過去に何度も作られました。
問題は、その基準や制度を作ってもすべての国家が批准するとは限らず、 仮に批准したとしても忠実に履行するとは限らない点です。
いくら話し合っても一部の国は批准せず、軍事力を政治の手段として保持するでしょ う。
対人地雷禁止条約について、アメリカ、中国、ロシアなど軍事大国が批准せず、 結果として無意味なものになってしまったのは記憶に新しいところです。
パリ不戦条約など、画期的な不戦の誓いでしたが、 結果として何も意味を成さない代物になってしまいました。
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基準というか制度は軍事力を使用しないというものではないでしょう。
しかし藤崎さんのいうようにいくらはなしあっても、大きな軍事力を持っている国は 拒否するでしょう。
ということは軍事力が巨大な国が世界を牛耳る権利を有するということでしょうか? 私はそれがちがうのではないでしょうかと申上げているのです。じゃあ、どうするの かということですよね。
軍事力が巨大であればそれなりに力をもっているということであれば、それに逆らう 事は出来ないのかもしれません。だけども巨大にする必要がないという世界の中では それはまったく必要なくなるのですよ。今、そうだからその中で何とかしようとすれ ば、結局軍事力をどれだけ持つかの競争を生むだけですよ。そう思いませんか?

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もちろん、現在のアメリカは余りにも圧倒的な軍事力を持っているため、 アメリカに対して抑止で対抗しようというのは事実上不可能です。
アメリカの傍若無人な攻撃を支持するつもりはまったくありませんし、 アメリカの過剰な軍事力には私も反発します。
だから、その点でアメリカは確かに悪いのですが、 抑止理論そのものが破綻しているのではありません。
************************************** ***
申しわけありません
そういうつもりで書いたのではありません。
アメリカの圧倒的軍事力については藤崎さんの言うとおりだと思います。
ヨーロッパの国々がアメリカを支配しないのは、当然イラクへの攻撃に魅力がない か、不当だと考えているのかなどの理由だと思います。イラク軍というよりもイラク という国家に対してアメリカやイギリスが国連を無視して行なった戦争ですから、そ れはイラクへの抑止力ということでしょう。
私が言いたかったのは、軍事的な抑止力が紛争に働かなかったのは、たしかにイラク が軍事的に弱かったせいもあると思いますが、イラクがだとしたら軍事的にアメリカ などと同等の軍事力を有していたら、アメリカはしなかったのかということです。今 回の場合であれば対テロ戦争であるから別に国家を相手にする必要ななかったわけで すよね。しかし国家に攻撃をした。そこにはテロとは何の関係もない人々のほうが多 く済んでいることを知っていたにもかかわらずです。
抑止力というのは、一方が他の追随を許さないほどさきんでた、軍事力をもっている ということが前提になりますよね。それに追いつくことが目的とされたとしても、ア メリカは世界を牛耳ろうとしていたら、経済的にはどうしてもアメリカ優位というこ とになります。としたら抑止力はアメリカにとっては全ての国にはたらくことになり ます。そういうなかで平等な関係は作れないということを言いたかったのです。抑止 力によって世界が軍事的均衡状態になり、戦争にならないということはこれではいえ ないということを言いたかったんです。つまり、アメリカなどのように強い軍事力を もてば、そこにすむ人々の文化や思想は無視してでもアメリカそのものを押し付ける ことができるということがおかしい。つまり抑止力として各国にそれぞれ均等にもた らされるものではないということを言いたかったのです。申し訳ありません。


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あなたの言うとおり、平和的な解決ができれば殺し合いはなくなります。
私が問題にしているのは、平和的な解決が決裂して 相手が武力行使をしたらどう対処するのですか、ということです。

おとなしく相手の軍隊に支配され、抑圧と弾圧の恐怖政治 (北朝鮮を連想すれば分かりやすいですね)を日本国民は受け入れるのか、 さもなくば、スイスのように国民全員が武器をもって侵略軍に対してゲリラ戦闘を 展開し、ベトナム戦争のような日本本土決戦を行うかのどちらかでしょう。
私は、抑圧された奴隷になるくらいなら、自由と独立のための戦闘を選びます
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それについてはいろいろな考え方があると思います。
相手が武力行使をしたらどうするかを考える前に、お互いにしない方策は政治上考え られるということを述べたつもりです。
武力や軍事力があることは承知の上で言っているのです。それを使わない事を前提と する交渉は今のところ政府に委ねられているでしょう。政府に対する交渉や要請を行 なわずして、それはなしえないことですよね。もしそうなったらと言う藤崎さんのい うように、そうなる前になんとかしなくてはいけないのは当たり前のことですが、選 挙民である私たちの責任でもあります。多分受け入れられないのかもしれませんが、 もしこうなってしまったらというのは、個人に対しても、国家に対してもそうならな いようにどうしようかということを考える己の存在がどれだけ強いかということに関 わる事だと思います。それについてはどうでしょう。どこまでできますか。やります か。こうなる可能性があるが、それをなくすための努力は必要だと思いますか。ま た、ひつようだと思われる場合、どうしようと思いますか。こうなるだろうからとい うことを今の状況から判断するのは簡単でしょう。しかし、国家間の話ではなく、そ こにすんで、生活している人もいるんです。その人たちに害が及ぶことが考えられる 時、それを防ぎたいと思うのが当然だと思いませんか?ごめんなさい。こちらが聞い てしまって。
自由と独立はなにかの強い権力などによって支配されたくないという気持ちのあらわ れでしょうから、それは藤崎さんのいうとおり、抑圧され奴隷制度に組み込まれない ためにはそういう害を排除するための動きが必要でしょう。だからこそ、国家間によ るこうした軍事的、政治的取引は不要だということを訴えています。
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そのとおりです。
話し合いで解決できない場合、特に家族を連れていた場合には 家族を置いて逃げるわけにもいかないでしょう。
実力で自力救済をして対処するしかないと思います。

単に、ここで重視したいのは、抑止理論ではなく、 権利侵害に対して立ち向かう自力救済のことですので、 別に、犯罪に対処するため個人が武器を持てというのではありません。
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ですよね。武器をそれぞれがもったところで、何かが解決するとは私も思えません。 個々の権利が侵害されていることはとても問題だと思います。
犯罪も犯す側からすれば、それは権利を侵害されての怒りというほうが多いというこ とですし、私もそう思っています。で、被る側からすればそれもまた権利の侵害で す。それもその通りです。ずるいと思われるかもしれませんが、私の立場からすると どちらの権利も擁護されるべきものだったと思うのです。侵害されたから権利として 殺す、または殺されるというのは容認できません。その一歩手前までが問題だとは思 いませんか。法律を勉強されているかたには釈迦に説法でもうしわけないのですが、 その手前で何とかできる社会のなかでのコミュニティのあり方は問い直されるべきも のだと考えませんか。
それについて今後は運動して変えていくべきだとおもうのですが。

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確かに、警察が直接処罰をするわけではありませんので この場合には「司法」と呼ぶほうが適切ですが、 「司法」が抑止力を持っているのは紛れもない事実です。
「法律」でやってはいけないことを明記し、違反した場合に警察などの「司法」が 処罰するというリスクの前提があってこそ治安は維持できるのです。
「法律」で窃盗を禁止するだけで「盗みをやってはいけないんだ!」と自覚して 盗みを行わない人もいるでしょうが、「盗みをしても罰則はないんだ!」 と開き直る人に対して「法律」だけでは何の効果もありません。
もちろん、ルールを作るだけで犯罪がなくなればそれに越したことはありませんが、 それが出来ないから、逮捕し処罰する「司法」が存在するのです。
************************************** *******
申しわけありません。これについては前回のメールで私が書いた以上のことはありま せん。
抑止力にならないという点では同感です。ただ法律がということではなく、処罰その ものが抑止力になっていないと思うのですが。つまり、処罰が抑止力になっていると すれば、たとえば死刑がある日本ではそれに相当する事件が減る事が前提になること が必要だと思いますが。私は死刑制度に反対です。それは抑止力にはその処罰そのも のがならないと考えているからです。法律は人のためにあるべきなのだとおもいます が、理解されていないところにも問題はあると思います。現状では処罰のほうを抑止 力にしようとして、きびしくしていますが、どちらかというと、文化とか人それぞれ がもつべき思想とかのほうに問題があるような気がしています。

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国家同士の紛争と私人同士の紛争とで決定的に違うのは、 国家社会に「国際法」という国家間のルールはありますが、 「司法」のような中立の強制力がなく、権利(主権)の侵害に対しては 各国が自力救済するしかない点です。
国際社会には国家を超えた警察のような存在がありません。
もちろん、国際法に反する行為を行えば、国際社会からの経済制裁程度はある でしょうが、
相手領土に侵攻することで被る自国軍隊の被害と、経済制裁による損失に比べて、 それ以上の利益を得られると判断され、当該元首が好戦的な人物であったならば 確実に侵略戦争になります。
現在、戦争の起きていない地域というのは、「戦争によって得られる利益よりも 損失のほうが大きいからやめておこう」という判断が双方の国家にあるから、 たまたま戦争になっていないだけなのです。
そして、攻撃して利益が大きい判断されたとき、アメリカのイラク攻撃のような 事態が発生するのです。

************************************** **********
そうですね。
ある程度強制力がある国際法が必要だと私は個人的には思います。
それが、前回お伝えしたグローバルな制度です。ただ、双方の国家がなっとくづくで 侵略したりはしないでしょう。
たとえば今回のイラク戦争についていえば、イラクが納得していたでしょうか。
アメリカの方が利益が大きいと判断したからではないでしょうか。たとえば石油利益 などでも。
ただ、国家利益に国民が犠牲になることは十分に怒りえる事はよそうに難しくない事 です。
先日のメールに書きました、国家の利益よりは国民の利益をという私の意見のもとは そこなんです。





5. 我が方の攻撃


気になったのは、 私の文章をちゃんと理解していただけていない、ということです。
そして、おっしゃるように「まともな回答」でもありません。
文面全体から、回答をはぐらかそうとしているような感じがします。
私が具体的な表現で論理的に説明しているのにたいして、 あなたは抽象的なうえ、論理に飛躍があり、矛盾しています。

私はあなたの意見に対してはっきり答えているつもりです。
堂々巡りになりそうな予感がしてきましたが、理想を語るのではなく、 現実の対応について答えてくださることを期待しています。


> ただ答えに窮するのは、たしかにそういう声をマスコミ報道で聞きますが、 > それとはちがった声もその地にすむ人からもマスコミなどを通じて聞くことがあり ます。
> どちらかというと国家を通じて聞く声よりも市民の声を聞きたいと思うのが私の > 気持ちです。

中国や北朝鮮の"市民の声"というのがどれだけ真の民意かはわかりません。
独裁政府の弾圧によって作られた情報がかなり混ざっているからです。
そして、日本の"声"というのも、民意をゆがめたものではないにしろ、 メディアによって大きく影響されたものですので、その選択が必ずしも"正しい"とは いえません。
ドイツ国民の世論に熱烈に支持され、選挙によって当選したヒトラーは"正し"かった でしょうか?
(ここでの"正しい"というのは、本来与えられるべき情報を
 すべて持っていた時に支持したであろう意見を指します。)

が、なにはともあれ、色々な声に耳を傾けるのはそれ自体決して悪いことではないで すね。


> また中国にしても、台湾にしても自国の軍拡に反対している人はいるのです。国家 > を支えている人たちの数で、国家や国家政治が動いているのだと思いますか? > 韓国の人々の運動をご存知ですか?軍拡に反対する運動は日本に比べて > 数倍の人数で行なわれています。

台湾にも防衛力整備に反対している人たちは確かにいるでしょうが(特に中国親 派)、台湾では防衛力の整備に賛成の意見が支配的です。
「国家を支えている人たち」というのが国民のことか政治家のことか分かりませんが 国民も政治家もともに政治の主人公であるのは間違いありません。

韓国での運動は、在韓米軍の駐留に対する反発であり、 韓国軍への反対運動ではありません。
韓国の人は北朝鮮の支配という恐怖に怯えており、そしてその支配から 国民を守る存在として韓国軍を信頼していますが、有事の際に本当に 国民を守るつもりのあるのかどうか疑わしい米軍を信用できないのです。


> 実際に日本では
> 過半数以上がイラクへ自衛隊を派遣する必要はないという世論調査が出ている
> 段階でイラクへの自衛隊派遣が決められたのはご存知でしょう。

確かに、派遣決定の時には世論は反対でした。
しかし、現在は賛成が過半数です。
逆にいうと、国民が間違っていたにもかかわらず、政府は冷静に派遣を決定し、 国民もようやく間違いに気づき賛成した、と考えることもできるはずです。
国民が常に正しい判断をしているとは限りません。
メディアの論調のみで判断する多くの国民の意見だけで政治を動かすと ろくな結果にはなりません。
政治を行っている人たちは、我々が新聞などで目にする以上の情報を得、 そして勉強しているということを忘れないでください。
誰でも軍隊や警察に割く予算を福祉に回せれば一番よいと思っています。
思っていながらも、平和を維持するために軍隊や警察が必要なのです。

国民の過半数の世論を常に尊重するなら、憲法9条はとっくに破棄されてる はずですね(笑)。
私は9条改正は望ましいと思ってますので、世論にそって改正してくれたら それは実にめでたい出来事です。
そろそろ改正への動きが活発になりつつあるので、その動きを楽しみに 見守りたいとおもいます。


> 基準というか制度は軍事力を使用しないというものではないでしょう。
> 相手が武力行使をしたらどうするかを考える前に、お互いにしない方策は政治上考
> えられるということを述べたつもりです。
> 武力や軍事力があることは承知の上で言っているのです。それを使わない事を前提
> とする交渉は今のところ政府に委ねられているでしょう。
> ある程度強制力がある国際法が必要だと私は個人的には思います。
> それが、前回お伝えしたグローバルな制度です。

1928年のパリ不戦条約は、軍事力の使用を禁じたものです。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/fusennjyouyaku.htm
この条約をアメリカ、イギリス、ドイツ、日本など、各国が批准していた にもかかわらず、第二次世界大戦へ突入してゆきました。
また、ソ連は日ソ不可侵条約を破って日本を攻撃し、
日本人をシベリアへ連行し強制労働させ、多数の犠牲者がでました。

はっきりいって、条約など、ただの紙切れでしかありません。
不戦のルールを作ったところで、一方的に破る国が出現して 無意味になるだけです。
すなわち、武力行使をしない方策はありえないということです。
どんなに固い約束をしていても、相手が裏切ればおしまいです。
都合の良い時期に裏切ることを前提として、条約を締結する国家すら 存在するのです。

そして、あなたは「武力行使させない強制力としての制度が必要」といいますが、 私が例を挙げて説明しているように、そのような制度に強制力はまったくありませ ん。
強制力となりうるのは、軍隊のみです。
だから、世界各国が国力に相応の軍隊を保有しているのです。


> (軍隊を)巨大にする必要がないという世界の中では
> それはまったく必要なくなるのですよ。

あなたの論理には飛躍があります。
軍隊を巨大にする必要がなくなれば、適度な軍隊を持つだけでよくなるのであり、 まったく必要なくなるのではありません。
私はアメリカや中国のように軍事力を巨大にする必要があるとはいっていません。
仮想敵の攻撃から国民を保護できる程度の力を保有せよといっているのです。


> イラク軍というよりもイラク
> という国家に対してアメリカやイギリスが国連を無視して行なった戦争ですから、
> それはイラクへの抑止力ということでしょう。

あなたは決定的に理解を誤っています。
抑止力というのは思いとどまらせる力です。
国連など国際社会は反対をするだけで、抑止としてはほぼ無力です。
国連加盟国が「アメリカがイラクを攻撃すればわれわれはアメリカを攻撃する」 という声明を発表し、そしてイラク国内で国連軍を展開して アメリカ軍を迎撃しようと待ち構えていたのなら、イラク攻撃に対する抑止 にもなったでしょうが、そういう事実はありませんでした。
何度もいいますが、この場合に抑止として重要なのはイラク軍の戦力なのです。


> 私が言いたかったのは、軍事的な抑止力が紛争に働かなかったのは、たしかに
> イラクが軍事的に弱かったせいもあると思いますが、イラクがだとしたら軍事的
> にアメリカなどと同等の軍事力を有していたら、アメリカはしなかったのか
> ということです。

はい、イラクがアメリカと同等の軍事力を持っていれば、間違いなくイラク戦争は
おきていません。
アメリカ全軍と同等ということは、アメリカ中東軍などイラクへ派兵された兵力全体 の3倍にも相当します。
アメリカはイラク軍によって返り討ちにあうどころか、 イラク軍が反撃としてニューヨークに上陸する可能性すらあります(笑)。
仮にイラクがアメリカの1割程度かそれ未満の軍事力でも、有効に反撃する という前提があれば、アメリカに攻撃を思いとどまらせるには十分だったでしょう。

戦争の大義というのは、あくまで建前にすぎず、目的は別にあります。
金儲けになるかどうか、これが大切なのです。
その理由は、簡単な金勘定で小学生でもわかります。
 (以下の金額は仮定です)
たとえば、イラク戦争のときに、イラク軍があまりに非力だったので、実際の 軍事費用が10兆円で済み、20兆円の石油利権が手に入る予定であったとします。
これなら得ですので、アメリカは喜んで攻撃するわけです。
しかし、仮にイラクがアメリカより多少劣る程度の兵力であれば、 攻撃に伴う軍隊の被害が大きくなり、軍事費用は20兆円、30兆円とかかります。
利権の20兆が手に入っても赤字です。
ゆえに戦争にはならないのです。
簡単にいうとそういうことです。


> ただ、国家利益に国民が犠牲になることは十分に怒りえる事はよそうに難しくない
> 事です。

アメリカは国民の犠牲を「イラクの開放のため」という大義でもって英雄化して ごまかし、怒りを静めることに成功しています。
ブッシュにとって、アメリカ兵が死ぬというのは、単に政権への追及が心配なだけで 家族のことなんて心配していません。 遺族義援金を支給して終わりです。
ましてやイラク人が死のうがブッシュの知ったことではありません。
利権のためになら多くの罪のない人々を殺害して何とも思わない、 そんな非情な指導者が世の中にはたくさんいるのです。


> 対テロ戦争であるから別に国家を相手にする必要ななかったわけ
> ですよね。しかし国家に攻撃をした。そこにはテロとは何の関係もない人々のほう が
> 多く済んでいることを知っていたにもかかわらずです。

イラク攻撃は対テロ作戦とは関係ありません。
対テロやイラク開放というのは創作であり、ブッシュの狙いははじめから石油利権な のです。
テロリストを撲滅しようがイラク開放しようが、アメリカに利益はありません。


> 抑止力というのは、一方が他の追随を許さないほどさきんでた、軍事力をもってい > るということが前提になりますよね。

違います。
どうやら、私の意見をちゃんと読んでもらえなかったようで残念です。
相手国の半分でも、3分の1でも相手国に対して軍事行動を思いとどまらせるのは 可能です。 
侵略してくる軍隊を有効に迎え撃つだけの力があればよいのです。
完全に撃退できなくとも、敵国が攻撃によって得る利益を上回る損失を こちらが与えられるのであれば、相手は攻撃しようと思わないでしょう。
とくに、ベトナム戦争のようなゲリラ戦に持ち込めばわずかな軍隊でも 相当な被害を強いることができます。


私はアメリカのような巨大で横暴な軍事力には大反対です。
アメリカは圧倒的な軍事力で相手をねじ伏せ、
石油などの利権を得、兵器産業への投資で景気を高揚させ、 戦死者を英雄化することで国内の反発を抑え、一応うまくいかせている。
後に残るのは、犠牲となった国の荒廃した国土です。
だからアメリカは悪いやつなのです。
しかし、自国を防衛する最小限度の軍事力を否定するものではありません。


> 政府に対する交渉や要請を行
> なわずして、それはなしえないことですよね。もしそうなったらと言う藤崎さんの
> いうように、そうなる前になんとかしなくてはいけないのは当たり前のことですが、
> 選挙民である私たちの責任でもあります。多分受け入れられないのかもしれません
> が、もしこうなってしまったらというのは、個人に対しても、国家に対してもそう
> ならないようにどうしようかということを考える己の存在がどれだけ強いかと
> いうことに関わる事だと思います。それについてはどうでしょう。どこまでできま すか。
> やりますか。こうなる可能性があるが、それをなくすための努力は必要だと > 思いますか。また、ひつようだと思われる場合、どうしようと思いますか。
> こうなるだろうからということを今の状況から判断するのは簡単でしょう。
> しかし、国家間の話ではなく、そこにすんで、生活している人もいるんです。
> その人たちに害が及ぶことが考えられる時、それを防ぎたいと思うのが > 当然だと思いませんか?ごめんなさい。こちらが聞いてしまって。

日本に攻撃してくる敵軍隊を自衛隊が迎撃する際に、敵国の国民に犠牲が
でることはまずないでしょう。 あなたの心配は杞憂です。

日本の国民を守るために、日本国民が出来ることといえば少ないですが、 現実に日本に危機が迫った場合、われわれに出来るのは、 みんなで自衛隊の隊員さんを応援することでしょう。
たとえば、日本国土の破壊をし国民の生命を脅かす敵軍隊を駆逐するために 自衛隊が展開しているところへ見物にいったり、野次を飛ばしにいくのは 防衛活動の邪魔になります。
敵の攻撃に迅速に対処するため、道路を自衛隊が優先して民間を規制する ことがあっても、それに文句を言わないのも道徳でしょう。
自衛隊の展開で道路が一時使えないかもしれませんが、 道路が敵に破壊されたらそれこそ使えなくなります。

そして、「自衛隊は防衛活動をするな」などとデモ行進する如きは 自衛隊の国民保護を困難ならしめ、結果として国民の命を奪うことに繋がる 行為であるので、決して行ってはならない反社会的行為であると言えるでしょう。


> 自由と独立はなにかの強い権力などによって支配されたくないという気持ちのあら
> われでしょうから、それは藤崎さんのいうとおり、抑圧され奴隷制度に組み込まれ
> ないためにはそういう害を排除するための動きが必要でしょう。だからこそ、
> 国家間によるこうした軍事的、政治的取引は不要だということを訴えています。

あなたは矛盾しています。
国際社会の害を排除するのは大事です。
だからこそ、それを実現するため、 国民の総代表である国家が運営する、害悪排除の能率的な組織、 すなわち軍隊が必要なのです。


> 個々の権利が侵害されていることはとても問題だと思います。
> 犯罪も犯す側からすれば、それは権利を侵害されての怒りというほうが多いという
> ことですし、私もそう思っています。で、被る側からすればそれもまた権利の侵害 で
> す。それもその通りです。ずるいと思われるかもしれませんが、私の立場からする
> とどちらの権利も擁護されるべきものだったと思うのです。
> 侵害されたから権利として
> 殺す、または殺されるというのは容認できません。その一歩手前までが問題だとは
> 思いませんか。

矛盾してますよ。
「どちらの権利も擁護」するなら、「殺す」権利も擁護しないといけないのでは?
法学的には、犯罪の権利など一切擁護に値しません。
遊ぶ金欲しさに盗みを行う者を保護する必要がありますか?
私欲を制することのできない者は社会の害悪であり、そのような人を矯正する のが刑務所です。


> 法律を勉強されているかたには釈迦に説法でもうしわけないのですが、
> その手前で何とかできる社会のなかでのコミュニティのあり方は問い直されるべき
> ものだと考えませんか。
> 抑止力にならないという点では同感です。
> ただ法律がということではなく、処罰その
> ものが抑止力になっていないと思うのですが。つまり、処罰が抑止力になっている
> とすれば、たとえば死刑がある日本ではそれに相当する事件が減る事が前提になる
> ことが必要だと思いますが。

ちゃんと読んでください。 私は抑止力になると言っているのです。
前にも言いましたが、犯罪の抑止には二通りあります。

1 当該行為が犯罪であり悪いことであるという認識
2 懲役などの罰則に対する恐怖

現実に重要なのは2であり、簡単な例を挙げてみると、 コンビニへ強盗に入って10万円奪うのに成功すれば得ですが、 失敗すれば刑務所生活をおくらねばならないのです。
それってリスク大きすぎますよね? 馬鹿げてますよね?
だから、多くの人は犯罪行為をためらうのです。

死刑の抑止力については、
死刑があるから凶悪な事件の発生が多少なりとも抑えられている、 という現象があるだろうと、私は思います。
死刑を恐れて残虐な事件をためらう者がいるだろうからです。
その点で、死刑制度の存在意義があります。
死刑を廃止した時に、凶悪事件が増えることはあるかもしれませんが、 減ることはないでしょう。

かつての日本は1だけでもある程度の治安を保っていたのですが、時代とともに 都市化が進み、アパートで隣の部屋に住んでいる人の顔も知らないような昨今、 2にゆだねるウエイトが増えているのが悲しい実情です。





6. No!AWACS の反撃


こんばんは
たぶん同じように私も感じています。私の意見を脈略をもって読んでもらえていない という感じです。
どうどうめぐりになるのは私も感じます。
その理由は今回はっきりしましたが。

確かに私の意見は抽象的なものが多いのでしょう。あなたにとっては。かといってあ なたの言っている事が具体的だというようには読み取れませんけども。

あなたの意見が憲法改正であり、また反戦運動に対する反対の意見をもちそれに導く ための情報の処理をしているというようにしか思えないからです。今後私が何を言っ ても多分あなたは同じように思うでしょうし、私も多分同じように思うと思います。 が、違う意見をもっている人がいて(当たり前のことですが)、その人から意見をも らえたということについては感謝します。それ以上はありませんが。

あなたの意見はわかりました。が、あなたの意見に対する私たちの意見は確かにどう どうめぐりになるでしょうが、私たちのHPや私たちの活動報告にほとんど出ていま す。

 韓国ではアメリカ軍にはんたいであり、韓国軍を支持しているというくだりです が、たしかにそういう人もいますよね。それは否定しませんし、今まで書いてきた中 でも世論がすべて私がいっている様な方向だということをいったつもりはありませ ん。
しかし、韓国では1980年の光州事件のときに残念ながら韓国軍が自国の民に銃を向け なければならないという状態が発生してしまいました。そのときの主張は軍は民を守 らない、民を守らない軍は必要ないという光州の人たちのおおくの主張でした。わた しにとって大事なのは、今までのメールでも書きましたが、民を守るものではなく、 国家や体制を守るために軍はあるということです。
あなたのいうように平和の維持が国体の維持であったり体制の維持であるなら、それ で軍は必要なのでしょう。どのように読んでいただいているのかわかりませんが、何 度もいいますが、民ではなく国体を守るためにあるものが平和を得ることはできない ということです。たとえば、先の大戦の沖縄でもそうでしょう。

具体的なことは確かに私の言い方や私たちの考え方では、これからどうそれを作るの か誰と作るのかという話になってしまうものが多いですから、抽象的なのかもしれま せん。しかし現在たとえば、世界社会フォーラムなどで具体的な民衆のネットワーク への取り組みなどがなされています。世界が一握りの企業や資本のために同盟国を もって軍事的な圧力をかけることへの、民衆からの反対の取り組み、つまり具体的に あたらしい社会のありかたを作り出す取り組みが行なわれています。私たちにとって 具体的なことは、過去の歴史のなかで戦争によって物事が解決した事はない、戦争は 社会に傷をのこすばかりか、心にも傷を残す。ということです。日本では憲法9条に よって軍隊をもたず、戦争による問題解決をはからないことを決めてきたので、自衛 隊員の命も私たちの命も守られてきたと思っています。
ベトナム戦争に従軍した元アメリカの兵士が言っていました、「憲法によって平和を 守ってこられた、日本・日本人は今は憲法を守る事に力を注ぐべきだ」と。

どうもまともの読んでもらえていないようで、毎回パリ条約がでていますが、私は最 初にいったはずです。国家間レベルの取り決めが以下に役に立たないかということ を。それは、先に書いたようにどうしても国家体制や国体を守るために一握りの資本 ・企業と結ばざるを得ず、それを支援する形で国家運営が行なわれやすいからです。 アメリカがイラクへ戦争をしかけたのもそのためでしょう。それは父親ブッシュの時 のネオコンに顔を連ねる人たちが主張していたことですし、それを実行できる段階に はいったのは今のブッシュ政権にはいってからだったことはおおくの人たちが発表し ていますよね。

イラク戦争において具体的なことは、アメリカは覇権主義をもって、アメリカのため に戦争を行なったのであり、泥沼化したときに同盟国であることを恫喝しているとい うことです。
ここは多分どうどうめぐりでしょう。イラクに軍事力があればアメリカは戦争をしな かったかどうか、アメリカの9.11以降の主張にはどうであれイラクをたたく必要 性を見つけたということですから、戦争をしなかったかどうか、あなたの説明では納 得できません。

ただ、戦争の大義というのはたしかにとってつけたもの、戦争をするためにつけられ るものですよね。賛成です。理由は他にあるものです。それは歴史の中でも帝国主義 間戦争に向う過程でもそうでした。マルクス主義的にいえば必然的に起こるというも のなんでしょう。

また、イラク戦争への分析ブッシュはアメリカ兵やイラクの民衆が死のうがなんとも 思っていない。
テロをなくすためとか民主化というふうには思っていないということについては、 まったく同感です。

次にでてくる考えが違うとおもうのです。つまり民主化なんて考えていない、イラク の石油がほしいという理由で戦争をすることが何故正しいのかということです。アメ リカのためにイラクの人々は生きているわけではありませんから。

どうしても軍隊が必要だというところから始まるあなたの意見と私たちの意見では食 い違いが出てきます。
違うということだけははっきりしましたが。
軍隊があるから強制力になっている意見に、武力行使をさせない強制力を持った制度 やそれをつかさどるものに対する市民の監視という視点を論じてみてもしかたがない のかもしれません。

藤崎さんの意見では国民保護出来る程度の軍事力といいますが、それは普遍性のある ものじゃないでしょう。他国がそれより軍事力の強化の競争を生む事はありえません か。


犯罪についてですが、あなたのいう1 当該行為が犯罪であり悪いことであるという認 識 が抑止力になるのが私もいいと思います。あなたのいう2が抑止力であるということ になればそれは確かに悲しい事で、それには賛成です。しかし、懲役などへの恐怖や 損得勘定で犯罪をしたりしなかったりするということばかりではありません。たしか にそれで思いとどまるひともいるのかとも思います。そればかりではないでしょう。 こういう人がいる、ああいう人がいるといっていても仕方がないことかもしれませ ん。もしできるのならば、何故あなたは犯罪を犯したのかということを獄中にいる人 と意見交換してみたらどうでしょうか。それ自体は容易にできることですから。ここ までだったらこのくらいの刑で得になるからという人ばかりではないと思います。

死刑についていえば、日本では歴史上死刑がなかった時代というのもありますが、現 代では制度が続いていますよね。しかし、他の国で死刑制度がなくなった国もいくつ かあります。統計からみて凶悪犯罪が間違いなく減ったとはでていませんが、増えた ということもでていません。

人を殺すということは、権利だとは思っていません。そういう状況においやる状態が 起こることのほうを問題にしているのです。当該行為が犯罪であり悪いということで あるという認識が常に正常に発揮できる状態の社会が望まれるということです。

現実的な私たちの運動は今後も軍隊を必要としない社会を創るために努力するという ことです。過去の歴史から学んで、軍隊や軍事力によって解決しない社会を創るため に広報・宣伝活動や政治家や政府への訴えを続けていきます。





7. 我が方の攻撃

どうやら、アメリカの戦争が無節操で世界を破壊するものだ、という認識では 一致できたようですね。
その点はうれしく思っています。
が、意図してかせずか知りませんが、すりかえようとしている部分があったり、 矛盾した部分があるのは残念です。


> あなたの意見が憲法改正であり、また反戦運動に対する反対の意見をもちそれに導 く
> ための情報の処理をしているというようにしか思えないからです。
> どうしても軍隊が必要だというところから始まるあなたの意見と私たちの意見では 食
> い違いが出てきます。

私はなぜ防衛力が必要かという理由を説明した上で主張しています。
そして、アメリカ軍のような一方的で過剰な軍隊は不要だと主張しています。 むしろ、あなたの意見が 「軍隊はなくさないといけないものだ。だから直ちに軍隊をなくせ」という 前提から出発してるようにしか思えません。

かくいう私も軍隊や警察は無くてすむなら無いほうがいいと言っています。


> 韓国では1980年の光州事件のときに残念ながら韓国軍が自国の民に銃を向け
> なければならないという状態が発生してしまいました。

それは韓国が独裁体制だった時期の話で、今とはまったく違います。
独裁体制で国が国民に銃を向けるというのは、かつての韓国に限らず
現在の中国、北朝鮮、そしてかつてのソビエト(いまのロシアも似たようなもの のようですが)も同様で、そのように国民のことを考えずに軍拡に 走り他国の安全を脅かす危険な国に対処するため、防衛力が必要と言っているので す。


> あなたのいうように平和の維持が国体の維持であったり体制の維持であるなら

そんなこと一切言ってません。  もう一度読み返してみてください。


> 過去の歴史のなかで戦争によって物事が解決した事はない、戦争は
> 社会に傷をのこすばかりか、心にも傷を残す。ということです。

私は戦争による解決を推進した覚えはありません。
一方的な侵略によって抑圧される悲劇を回避するために、 防衛力を整備して侵略軍を迎え撃つ力を持つことで 相手の侵略行為を思いとどまらせよ、と主張しているのです。
一方的に侵略されるのは、戦争よりも悲惨な結果を生むでしょう。

究極の選択として、非武装で相手国に支配され抑圧されるくらいなら、 武器を取って自由を求める戦いを私は選びます。
だから、アメリカに反発するアラブの人々、そして中国共産党に反発する チベットやウイグルの人々の武装闘争には、武器を取って戦うことの 是非はともかくとして、共感を覚えるところもあります。


> 国民ではなく国体を守るためにあるものが平和を得ることはできない
> ということです。

国体維持のために弾圧を行うのは軍隊だけにとどまりません。
時として警察も弾圧に利用されることがあります。
では警察があると平和にはならないのですか? そんなことはありませんね。

自衛隊や警察が弾圧に転用される可能性がゼロではないでしょうが、 過去50年間そういうことはありませんでしたし、 民主的な政府が運用しつづける限りは起こることは皆無でしょう。
逆に、弾圧が日常業務の軍隊・警察も一部独裁国家には存在します。


> 憲法9条に
> よって軍隊をもたず、戦争による問題解決をはからないことを決めてきたので、自 衛
> 隊員の命も私たちの命も守られてきたと思っています。

防衛力の保持を認めた上で侵略戦争を禁じた憲法をもつ国はたくさんあります。
侵略戦争を容認する憲法を持っていたとしても、現実には戦争による 問題解決をしない国もたくさんあります。
あなたは 日本以外の外国=アメリカのような侵略国家 だと思っているのでは ないでしょうか?
それは世界中の平和的傾向を有する国家に対して非常に失礼だとおもいます。
日本はたとえ憲法9条が無かったとしても戦争回避の努力をしているでしょう。


> ベトナム戦争に従軍した元アメリカの兵士が言っていました、「憲法によって平和 を
> 守ってこられた、日本・日本人は今は憲法を守る事に力を注ぐべきだ」と。

一兵卒の段階では中にはそういう人もいるでしょうが、 アメリカの政治家でそういう人はいないでしょう。
いえ、日本以外のすべての国にそういう政治家はいないでしょう。
アメリカの元国務長官キッシンジャーは、 「アメリカ軍の日本駐留と核兵器が結果としてはソ連の侵攻を抑止した。  しかし、アメリカの兵士が命をかけてまで日本を守る義理はない」と 明言しています。
同様の発言は、アメリカの多くの議員から聞くことができます。
「あー、やっぱりそうなのか」というのが私の感想です。
戦後の半世紀、日本が戦争に巻き込まれずにいられたのは、 非武装路線だったからではありません。
現に、北朝鮮は南進し、ソ連はアフガニスタンに侵攻しました。
防備の弱いところをみせれば容赦なく軍事侵攻してくるというのが分かります。
薄弱な防衛力にもかかわらず、西側最強のアメリカ軍が居たので 東側国家の攻撃を受けなかった、というのが正しいのです。
これは冷戦という非常に特殊な状況で成立していたものであり、 アメリカの属国に成り下がっているという点で残念な事態ではありますが、 これによって日本が高度経済成長を遂げたというのも事実です。


> どうもまともの読んでもらえていないようで、毎回パリ条約がでていますが、私は 最
> 初にいったはずです。国家間レベルの取り決めが以下に役に立たないかということ
> を。それは、先に書いたようにどうしても国家体制や国体を守るために一握りの資 本
> ・企業と結ばざるを得ず、それを支援する形で国家運営が行なわれやすいからで す。

あなたは言うことがころころ変わってますね。 以前には国家間の取り決めが大事だと言ってたじゃないですか。
  ・ある程度強制力がある国際法が必要だと私は個人的には思います。
  ・それが、前回お伝えしたグローバルな制度です。
という発言は何だったのでしょうか?
国際的な制度=条約=国家間の取り決め 、ですよ。
それとも、複数国の私人同士で結んだ取り決めに効果があるというのですか?

民主国家においては、政府こそが市民全体の意見を反映した存在です。
政府が市民の力でないという人は、その人が一般市民とは違った考え の持ち主であり、自分の意見が政府に反映されないから悔しがって、 「市民」(=私)の考えを実行しろ、と主張しているに過ぎません。

あなたのように護憲・非武装平和を標榜する社民党、共産党が 大幅に議席を減らしている現実をみれば、あなたが極めて少数派 であるのは間違いありません。

(断っておきますが、少数意見がすなわち間違いという
 短絡的な意見ではありません。)


> イラクに軍事力があればアメリカは戦争をしな
> かったかどうか、アメリカの9.11以降の主張にはどうであれイラクをたたく必 要
> 性を見つけたということですから、戦争をしなかったかどうか、あなたの説明では 納
> 得できません。

「そのイラクをたたく必要性」というのが、アメリカの言い訳(=嘘)なのです。
すなわち石油利権を得るという目的を隠すための嘘であり、はじめから 攻撃に必要性など無いのです。
それは貴方が一番よく知っているはずです。

ゆえに、イラクに石油がなかったり、あるいはイラク軍が有効に反撃をする力を もっていたら戦争にはならなかった、という私の説明はこれで成り立つはずです。


> 次にでてくる考えが違うとおもうのです。つまり民主化なんて考えていない、イラ ク
> の石油がほしいという理由で戦争をすることが何故正しいのかということです。ア メ
> リカのためにイラクの人々は生きているわけではありませんから。

私は石油のために戦争するのは間違っているといっているのです。
アメリカの戦争を支持する発言をした覚えはありません。
アメリカ国民はブッシュの宣伝文句にみごとに騙されているのです。


> 国民保護出来る程度の軍事力といいますが、それは普遍性のある
> ものじゃないでしょう。他国がそれより軍事力の強化の競争を生む事はありえませ ん
> か。

確かに敵国が軍拡すればそれに対応せざるを得ません。
が、北朝鮮に対する韓国、中国に対する台湾の関係のように、もしも 軍拡せずに弱小なままでいたら敵の攻撃を招き、そして独裁体制に支配されてしまう というリスクを考えると多少の軍拡してでも"平和"を維持したいと考えるのです。
そして、その責任は韓国や台湾ではなく、北朝鮮や中国にあるのです。

私のいう"平和"とは、国民が安心して暮らせる平穏な社会のことを指しています。
軍隊によってにらみ合う状態は安心ではない、と言われそうですが、 相手国のみが軍隊をもち、いつ侵攻されて独裁と抑圧の支配になるか 分からない状態よりは安心していられるとおもいます。

北朝鮮や中国は戦争状態ではありませんが、独裁と抑圧の状態で 国民が平穏に暮らしているとはとてもおもえません。
つまり、現在の北朝鮮や中国は戦争をしていないのに"平和"でもないのです。

どうしてあなたは日本の防衛力増強を非難するのに、 防衛力増強の根本的原因=軍拡の元凶=中国・北朝鮮の軍拡 を非難しないのか、それが私には分からない。
あなたが独裁国家を支持しているとしか思えないのです。

もしも独裁国家が解体され、その地域に平和的な国家のみが存在するなら、 そのときには足並みをそろえて軍縮をするのが必然であり、誰も反対をしないでしょ う。
現在、ニュージーランドが次世代戦闘機の調達を止めるという方針を 打ち出しています。
周囲に脅威となる国家がいなくなれば、そのときに軍縮は可能なのです。


ところで、あなたにも私にもうれしいことだとおもいますが、 事実として現在の自衛隊(とくに陸上)は規模縮小・再編に向かっています。
特に大きなものとして、陸上自衛隊の戦車・火砲など正面装備をさらに3割削減する という発表が最近ありました。
冷戦終結による大規模戦争の減少とテロ・ゲリラ戦の危険増加が最大の理由です。
全体としては、戦車などで正面から撃ち合うような訓練から、 国内に潜入したゲリラなどを掃討するような訓練へ比重が徐々に移されつつありま す。

この背景には、旧態依然の全面戦争に備えたものでなく、 現実の脅威に対応するための防衛、という点で評価できるとおもいます。
そして、冷戦時代からの構想でありますが、洋上迎撃であれば、 双方の一般国民の犠牲を最小限度に抑えることも可能であり、 この点からも評価できるのではないでしょうか?


> しかし、懲役などへの恐怖や
> 損得勘定で犯罪をしたりしなかったりするということばかりではありません。たし か
> にそれで思いとどまるひともいるのかとも思います。

受刑者にヒアリングをするまでもなく 損得勘定以外で犯罪をする人も一部にいるのは疑いありません。
そこで、その人たちも含めて、過ちを犯した人を矯正する刑務所があるのです。
刑務所は、処罰の場であると同時に、矯正の場でもあるのです。

もしも刑罰が軽くなったら損得勘定で犯罪を犯す人が増えるでしょう。
その部分を刑罰によって抑止することに成功しているのです。
これが刑罰の最大の存在意義です。


> 人を殺すということは、権利だとは思っていません。そういう状況においやる状態 が
> 起こることのほうを問題にしているのです。当該行為が犯罪であり悪いということ で
> あるという認識が常に正常に発揮できる状態の社会が望まれるということです。

犯罪を起こすときの心理は、認識が正常に発揮されていない状態なのです。
正常あるかどうかはともかく犯罪の認識があるから有責性があり、処罰ができる、 というのが現行刑法の考え方です。

犯罪を起こしてしまうような状況にも問題はあるかもしれませんが、結局のところ 責任は本人にあります。 
脅迫されて犯罪を余儀なくされたような場合、すなわち本人に責任の無い犯罪は 違法性を阻却され、罪に問われることはありません。 (場合にもよりますが)




「No!AWACS浜松」攻防戦 概説


論争の途中で脱線しかけた箇所は排除して、「軍隊を持つべきでない」とする彼らの論拠をまとめると、以下のようになります。

1:軍事力の行使による侵略行為は国際社会全体の利益に反する。
2:軍事力に戦争を抑止する力はない
3:すべての軍事力がなくならない限り平和にはならない
4:軍事力とは国民を弾圧するものである
5:人類は平和的交渉のための制度づくりを試みたことはない
6:武力行使を禁じた上で平和的交渉をするための強制力のある制度が必要
7:国家間で結ばれた制度に強制力はない

彼らの主張には明らかに因果関係の誤り、事実誤認、矛盾があります。
1は、それとして間違った事実ではありませんが、国際社会全体での利益に反するからといって自らの利益のために侵略をする国がいないという結論にはなりません。
2については論外ですね。 自分より相手が強ければ、武力行使はためらうのが普通です。 仮に攻撃を仕掛けたとしても、開戦に至る相当な理由が別にあり、軍事力自体は相手国の武力行使を抑止し戦争回避の要因となり続けているのです。
3ですが、現在の日本など多くの国は防衛力(=軍事力)を持っていますが、平和です。 ゆえにこの理論は成り立ちません。
4も2と同様論外です。 民主国家における軍隊本来の目的はあくまで国の防衛であり、弾圧とは用途を誤ったものに過ぎません。 逆に、独裁国家においては日常ですが。
5では、過去に制度の設立が試みられたことが無いとして、6では制度が必要と説いています。 しかし、7ではこの制度の無意味さを主張します。 完全に矛盾しています。 この矛盾を突いたとき、彼らは私に対する反論の余地を失ったのか、返事は一切こなくなりました。