F-15 実験機

【F-15RPRV/SRV】

F-15A RPRV/SRVはRemotely Piloted Research Vehicle/Spin Research Vehicle すなわち遠隔操縦研究機/スピン研究機の略称であり、その名称の通りF-15の失速およびスピンに起因する墜落事故を解明するためのドライデンフライトリサーチセンターの試験機である。エドワーズ空軍基地で試験飛行が行われた。

実際に通常のイーグルでスピンの試験を行うには極めて危険であるため、遠隔操縦機で行われる事となり、ほとんどをFRPで構成された動力を持たない3/8スケールの無人機として開発された。開発費は25万ドルで、フルスケールサイズの試験機を開発した場合の680万ドルに比べおよそ1/30で済んだという。
地上飛行研究制御室(FRC)はF-15 RPRV格納庫に併設され、初の遠隔操縦を実用したHYPER-IIIリフティングボディ研究機の技術ノウハウを流用し、さらに高いレベルへの無人飛行制御システムが構築され、その研究も兼ね、テレビモニター、地上コンピューター、デジタルアップリンク(RPRVへのリアルタイム情報送信)、テレメンタリーシステム(RPRVからのリアルタイム測定情報受信)を備える。
F-15RPRV/SRV
エンジンは搭載されていないためB-52に懸架され、空中発進を行う。

RPRVは降着装置をもたない。当初、リサーチフライト終了後はテールシュート(尾部のパラシュート)を展開し、ヘリコプターの下部に装備された回収装置で引っ掛けるようにして空中で回収されるが、16回のフライトのうち3回は回収に失敗してハードランディングしRPRVはダメージを負っている。
F-15RPRV/SRV
そこでRPRVにノーズとメイン2つの、計3つの格納式スキー降着装置が取り付けられ、エドワーズ基地の東に広がる乾湖、ロジャーレイクに滑走着陸する形に改められた。写真を見ると実機のF-15イーグルが滑走スキーで着陸しているようで実にユニークだ。これ以降パラシュートを使用したハードランディングは事故による2回しか行われなかった。

RPRVは1973年10月12日に初飛行し、26回目の試験飛行からは機種部に大きなピトー管とノーズシュート(全部パラシュート)が装着され、名称がRPRVから現在の呼称であるRPRV/SRVに改称された。
1981年7月15日に52回目の飛行が行われ、RPRV/SRVの試験飛行は全て終了した。−70〜88度までの迎え角特性や、数値データを得る事が出来、高迎え角やスピンに対する研究は大きく前進した。また、スピン時のリカバリーにはパラシュートが極めて有効である事が判明した。

任務を終えた同機は現在では翼を休めドライデンフライトリサーチセンターに展示されている。


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■PICTURE

rprvsrv01.jpg - NASA
rprvsrv02.jpg - NASA